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607年前半(4):   

607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「え……」




思いがけない言葉に固まってしまったミルドレッドを見つめて、真剣な顔をして、もう一度こう言ってきたブリヤンク。

607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「明日、一緒に遊びに行かない……?」

それは少なからず想っている相手にかける決まり文句。ブリヤンクは、ミルドレッドをデートに誘ってきたのでした。


ど、どうしよう。

驚き戸惑うのと同時に、いつかこうなることが、ミルドレッドはわかっていました。なぜなら、ブリヤンクが自分に好意を持ってくれていることに気が付いていたから。そしてミルドレッドは、気づいていたのに、直接言われたわけじゃないからと、今までずっと気づかない振りをしていたのです。

あ……あたし、なんて答えたらいいの? 


ブリヤンクのお誘いに、ミルドレッドはすぐさまノーと言えませんでした。
理由は二つ。一つは、自分はあなたの双子の兄が好きだとはっきり言って優しいブリヤンクを傷つけたらどうしようとためらってしまったから。そしてもう一つは、ミルドレッドとドラケンはまだ単なる友人のままで、恋人同士でも何でもなかったからです。

ミルドレッドが、はっきり言われなくてもブリヤンクが自分に好意を持ってくれていることを気づいていたように、ブリヤンクも、ミルドレッドが彼の双子の兄のドラケンを好きなことに気づいているはず。でも、学生の時、成人した時にミルドレッドがまだ一人身だったら声をかけると言ってくれていたのに、じゃあきっと成人したら、自分をすぐデートに誘いに来てくれると思っていたのに、ドラケンはいまだに遊びに誘いに来てくれてはいません。
そしてそんな状況だからこそ、いつも遠慮がちなブリヤンクが勇気を出して、先に自分を誘いに来てくれたというのが、ミルドレッドにもよくわかります。


ミルドレッドの答えがないまま沈黙が続くのを恐れるかのように、ブリヤンクが言葉を続けてきました。

607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「……ぼくは成人するのが少し怖くて……」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「え……な、なんで……」
607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「だって、ドラケンがすぐにミルドレッドさんに声をかけに行くと思ってたから」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「え……」
607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「だから、いつも夕方ミルドレッドさんとは一緒に帰りたくても帰れなかったんだ。今日はドラケンがミルドレッドさんを誘いに来るかもしれないと思って。そしたらミルドレッドさんはぼくの見ている前で、きっと嬉しそうにOKするだろうから」

607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「そ……それは……」
607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「でも……ドラケンがまだ来てないなら……」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「……」
607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「……ぼくじゃダメかな……」
そう言うブリヤンクの声は、やるせないくらいいつもより優しい声。彼はいつもそうやって優しいから、ミルドレッドはそんなブリヤンクを傷つけたくはなくて、でも、お誘いにうんとうなずけない自分がいます。

だってあたしが好きなのはドラケンで……
なのになんでブリヤンクをちゃんと断れないの? お誘いに来てくれなくて、ドラケンとあたしはまだなんでもなくて、確信が持てないから……? 


そう、ミルドレッドは自信が持てなかったのです。
ミルドレッドが何も言えずに黙ったまま、長い時間が過ぎたように思えたその時、家から姉を探して温泉前までやってきたらしいキリアンが、通りでミルドレッドの姿を見つけて元気よく声をかけてきました。

607年前半(4):_b0057741_1911521.gif「あ、いたいたお姉ちゃん!! 大ニュース!! ……って……」
向かい合ったミルドレッドとブリヤンクが、お互い黙ったままうつむいているのを見たキリアンの声が尻すぼみになります。
夜のこの時刻に、男女が立ち止まって一緒にいるのは、どちらかからデートの誘いをかけている以外にはありません。

姉と友人がいつもとちょっと違う雰囲気なのに気が付き、近づくのをためらっているキリアンに気づいて、ブリヤンクはうつむいたままのミルドレッドを見下ろして、最後にこう言って来ました。

607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「明日、ぼく、大通りで待ってるから」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「あ、ま、待ってブリヤンク」
いつも優しくて人の気持ちを一番に考える人のはずなのに、ミルドレッドが戸惑うほど強引に約束をして、その場を走り去ったブリヤンク。
彼の後ろ姿を見送るしかなかったミルドレッドに、ようやく近づいてきたキリアンは、二人の間に何があったか薄々わかっているよう。
そんなキリアンは、なんだか言いづらそうにミルドレッドに声をかけてきました。

607年前半(4):_b0057741_1911521.gif「お姉ちゃんさぁ……」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「な、なによ」
607年前半(4):_b0057741_1911521.gif「……うちに、ドラケンが来てるよ」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「えっ……」
心臓が止まりそうになったミルドレッドが家に向けた目に入ったのは、ドラケンが、ミルドレッドの家の区画から、通りへ出てくるところ。

暗くなった家の外でキリアンと一緒にいるミルドレッドを見つけたドラケンは、珍しくなんだか決まりが悪そうな顔。

607年前半(4):_b0057741_18254468.gif「……ミルドレッドさんがなかなか帰って来なかったから、家の人たちにじろじろ見られて参ったよ」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「な……何しに来たのよ……」
ミルドレッドの言葉に、ドラケンはちょっと改まったようにこう言葉を続けました。

607年前半(4):_b0057741_18254468.gif「昨日、ミルドレッドさんに言いそびれたことを言いに来たんだ」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「え……」
607年前半(4):_b0057741_18254468.gif「もう明日の約束をするには遅い時間だから、また今度ってことになるけど……」
二人が話している横で、キリアンは一応気を利かせたのかいつの間にか家の中に入ってしまっていて、外に立っているのは二人だけ。
そしてミルドレッドの耳に響いてきたのは、すっかり大人の男の人の声になったドラケンの、次のセリフでした。


607年前半(4):_b0057741_18254468.gif「今度、ぼくと一緒に遊びに行って欲しいんだ」

……その言葉に、一瞬の間をおいた後、


607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「バ……バカ……なんでもっと早く来てくれなかったのよ……!」
素直にうんと言うどころか、全然可愛くない返事をしながら、答えをとてもためらってしまったブリヤンクのお誘いと違って、びっくりするくらい勢いよくうなずきそうになった自分がいることにミルドレッドは気づきました。

607年前半(4):_b0057741_18254468.gif「ごめん。でもぼくが成人したら、ミルドレッドさんの態度が妙にぎこちないから、いつ切り出せばいいのか迷ってたんだ」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「そ、それはだって……!」
自分でもそれはわかっていたけど、どうすることも出来なかったのです。でも、小さいときからお嫁さんになることを夢見ていた年下の男の子が、びっくりするほど凛々しく成人してしまって、どうしていいかわからなくなってしまったなんて、口が裂けても言えません。

607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「だ、だいたい、成人したらすぐ来るみたいなことを言ってたくせに。あたし、待ちくたびれるところだったわよ!!」
607年前半(4):_b0057741_18254468.gif「え? ミルドレッドさん、待ちくたびれてくれてたんだ」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「だ、だってもう1回チャンスくれって言ったのはドラケンじゃないの! なのに、ぜ、全然来ないから、あたし……あたし……」
そう答える自分の声がどうしてか震えています。なんだか視界もぼやけてきて、ミルドレッドはそれ以上言葉がうまく続けられません。そんなミルドレッドを見て、ドラケンもさすがに、自分の行動がミルドレッドを不安にさせていたのに気づいたよう。

607年前半(4):_b0057741_18254468.gif「……遅くなって、本当にごめん」
まじめな声でそう言われた瞬間、ミルドレッドは、自分がずっとこの日を待っていたことを、痛いほど思い知らされました。

あたし、自分が先に成人しちゃってから、ずっとずっと待ってたの。
この人を2年以上も待ってたの。
やっぱり、ブリヤンクにもちゃんと言わなくちゃ……!


いろんな思いが頭の中を渦巻いて、顔を両手で覆ったまま何も言うことが出来なくなったミルドレッドの傍で、ドラケンは戸惑ったような顔で立ち往生。

607年前半(4):_b0057741_18254468.gif「えっと……」
誘いに来たのに泣き出した女の子をどう扱えばいいのか、さすがに今年成人したばかりのドラケンでは、ちょっと経験が足りないよう。そして今はまだお互い友人の枠を越えていないこともあるせいか、ドラケンはしばらく黙って傍についていることにしたようです。
そしてようやくミルドレッドの感情が収まった頃、ドラケンがこう言ってくれました。

607年前半(4):_b0057741_18254468.gif「落ち着いた?」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「う、うん」
607年前半(4):_b0057741_18254468.gif「良かった。じゃあ……もう遅くなったし、また改めて声をかけに来るよ。明日にでも」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「うん……」
今夜はもう遅くて、明日出かける約束は出来ないので、約束をするのはまた今度。
そしてミルドレッドはうなずきながら、明日、ドラケンと約束をする前にしなければいけないことがあると心の中で自分に言い聞かせていました。
そう、ブリヤンクにちゃんと自分の気持ちを言わなくてはなりません。


翌日。
ミルドレッドは朝、大通り南へ向かいました。そこでは、早くから来たらしいブリヤンクが神妙な面持ちで待っていました。

607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「ごめんね。待たせちゃったみたい」
607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「……ぼくもごめん。なんか昨日は無理強いしたみたいで……」
そう答えながら、ブリヤンクはやってきたミルドレッドが夕べと違って迷う態度ではなくなっているのを見て、なんとなく気づいたようです。

港について、さっそく話を切り出したミルドレッド。

607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「ブリヤンク、夕べはすごくあいまいな態度でごめんなさい。でも、今日ちゃんとあたしの答えを伝えようと思って」
607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「……」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「あのね……あたし、ずっと前から好きな人がいて……それって、ドラケンなの」
607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「……うん、知ってるよ」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「時々何を考えてるのかわからなかったり、意地悪だったりもするけど、あたしやっぱりドラケンが好きなの。ごめんなさい……」
少しの間沈黙があった後、ドラケンが首を横に振りました。

607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「うん……謝らなくていいよ。ぼくは、ミルドレッドさんを困らせたいわけじゃないんだ……」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「ブリヤンク……」
607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「ただ……ほんのちょっとだけ勇気を出してみたかったんだ」
そう言って無理をして笑うブリヤンク。ミルドレッドの口から、想う相手のことをハッキリ聞いた以上、もうブリヤンクは一歩引いて、無理にこちらに近寄ってこようとはしません。
昔、そんなふうに優しいとドラケンより損しちゃうよ、と彼に言ったのをミルドレッドは思い出しました。ブリヤンクが子供の頃からもう少し積極的な性格であれば、もしかしたら違う結果が待っていたかもしれません。

607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「ごめんね……。でも、誘いに来てくれてありがとう」
607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「うん……もしかして、ミルドレッドさんの初デートの相手はぼくかな。ドラケンには言わないでおくけど……」
冗談めかして言うブリヤンクの言葉がそのまま途切れて、お互い隣り合ったまま、柵の向こうの海を見ながら、無言で港に佇んでいた二人。
せめてブリヤンクの気が済むまで、このまま一緒にいようと思っていたら、不意に隣のブリヤンクがこう呟いてきました。

607年前半(4):_b0057741_21343037.gif「……いつかぼくに、ほかに好きな女の子が出来たら、ミルドレッドさんに相談してもいいかな……?」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「うん、うん」
うなずきながら、ミルドレッドは、ブリヤンクの声が震えて、決して顔をこちらに向けないようにしているのに気づきました。
今日、一緒にここへ来たことが、果たしてブリヤンクにとって良かったのかどうか、一瞬わからなくなったミルドレッド。でも、前のように相手の気持ちに気づかない振りをした状態でこれから先を過ごすより、お互いのためにはずっと必要なことだった気がしたのでした。


さて、ブリヤンクにもちゃんと伝えて、あとは、ドラケンにも自分の気持ちを言うだけ。


そしてこの夜、昨日の言葉どおり、もう一度ドラケンがミルドレッドの家までやってきて、ミルドレッドを遊びに誘ってくれました。
翌日、一緒にタラの港に向かった二人。以前レイチェルお母さんと話をしたように、ちゃんと相手に言わないと伝わらないことはたくさんあります。
そして向かったタラの港で、二人が交わした会話は

607年前半(4):_b0057741_18254468.gif「ぼくの恋人になって欲しいんだ」
607年前半(4):_b0057741_2062380.gif「あたしも、あなたのことが好きだったの」
思ったよりも素直に、ドラケンにそう言うことが出来たミルドレッド。自分に素直になるというのはとても気持ちがいいものなのだと、ミルドレッドは初めて感じました。


こうして、この日、ミルドレッドはドラケンと恋人同士になりました。
お互い意地を張ったりするところがあって、これから先も色々と大変かもしれないけど、ようやく自分たちがスタートラインに立てた気がしたミルドレッドです。


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by blue-ground | 2009-03-20 00:00 | 11代目ミルドレッド

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